Yarn Getting Tangled

美術のこと、読書のこと、編み物のこと、大学院生から引きずっている適応障害で休職している日々のことを綴ります。

適応障害:通院記録(12/4)

今日は2週に1度の通院日。

適応障害になった経緯はこちら。

 

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昨日書きなぐった通り、腹痛や不安感が強くなっていること、抑肝散の効き目があまり感じられないことを訴えると、抑肝散の代わりにSSRIと呼ばれる抗うつ剤を投与することになった。ついに来たぜ、抗うつ剤

この薬の効果が出るのは1日50mg~だが、いきなりその量を服用すると副作用の恐れがあるので25mgからはじめ、2週間後に様子をみて増やしていくという。えっ、じゃあ10日後の修論中間発表に間に合わへんやん、と思ったものの、まあ特効薬的なものがあるわけないもんな……とすぐに思い直して「はい、それでお願いします」と言ってしまった(こうやって自分で飲み込むの、よくない癖かもしれないけれど)。どうなる中間発表。

 

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(http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/GUI/780009_1179046F1206_1_04G.pdf)より

これで、現在服用しているのは

デパス 0.5mg

ドグマチール 50mg

セルトラリン 25mg

になった。

後期に入ってから確実に増えている薬の量が少し怖いが、これで少しでも楽になることを願う。

編み物のこと②

適応障害で沈みがちな気分をリフレッシュするためにやっていることはいくつかあるが、その中でも有力なのは編み物だ。断然棒針派である。

 

私は編み物好きの祖母の影響を受けて、高校くらいから大学2年にかけてちょこちょこミトンだのマフラーだのを編んでいた。だが、学部3年になると忙しくて編む余裕などとんとなく、そのまま毛糸は物置に埋もれていってしまった。

しかし、院生になって前期に体調を崩し、鬱々とした気分を紛らわすためにkindle unlimitedで本を漁っていると、たまたま編み物本を見つけた。『しあわせを編む魔法の毛糸 マルティナさんのお話とOpal毛糸の作品集』(地球丸, 2016)だ。

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この本はOpal毛糸という段染糸や、その糸を使った作品を紹介しているのだが、ぱらぱらめくって美しい糸を見ているうちにどうしても編んでみたくなり、新宿オカダヤの毛糸売り場に駆け込んで、2年ぶりの編み物再開と相成ったわけである。

夏休みの間はずっと家に引きこもってNetflixで「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」を観つつOpal毛糸で手袋を編んでいた(この手袋の写真は以前の記事にも写真を上げている)

編みつつドラマを観たり人と話したりと「ながら」作業ができるのも棒針編みのいいところの1つだ。

 

さて、今ちまちま編んでいるのは、嶋田俊之 『手編みのてぶくろ』(文化出版局, 2011)所収の「バスケット編みの手袋」である。

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ベージュと生成りの配色がシンプルで、スリットが入っているのも高級感がある。この本を買った高校生の頃からずっとあこがれの作品だった。

1号という直径2.4mm のほとんど竹ひごみたいな針でみちみちと編むので、私の遅い手では4時間編んで指1本仕上がるかどうかだが、小さな四角がたくさん集まって一つの面になるのは本当に楽しい。

こんなことせずに修論発表を進めるべきかもしれないけれど、息継ぎしなきゃ25m泳げないのと同じで息抜きしなくちゃ修論だってできないのだ

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適応障害:通院記録(11/20)

今日は通院日だったので、記録代わりに。

適応障害になった経緯はこちら。

 

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私は学内に設置されている、学生は診察料が無料になる診療所の精神科でいつも診察を受けている。学部時代の大学は規模が小さすぎてそんなものはなかったので、こういうところは大規模な総合大学のありがたさだなと思う。

(同じこと、前回も書いてるな)

 

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診察はいつも短くて5分ほどだ。大抵、睡眠のこと、10月に入ってからは腹痛や吐き気、体のこわばりのことなど、ここ数週間の間に体調の変化があったかを中心に話している。とはいえ、うまく伝えらえたと思うことは少ない。素直に体調を伝えればいいだけなのだが、なんとなく「こういったら軽い症状だと思われるかな」「体調というかただの愚痴になるかも」という計算が働いて、言わな過ぎたり言い過ぎたりとちょうどいい塩梅を見つけられないのだ。

今までの薬

6月に通院をはじめてすぐはメイラックスを処方されていたが、眠気が日中も続くのでデパスに変えてもらい、前期はデパスのみで過ごしていた。

後期がはじまって腹痛を訴えるとドグマチールが追加された。最初は1日150mgだったが、生理が早まるなどしたので量を少なくし、1日100mgに落ち着いていた。

 

今回追加された薬

今週はドグマチールの副作用でさらに生理周期が不安定になっていることを伝えると、ドグマチールの量をさらに減らしてまずは漢方を試し、効果次第で抗うつ剤を使いましょう、と言われ、漢方薬の抑肝散(よくかんさん)を追加することになった。

抑肝散とは、東洋医学でいう「肝」(西洋医学でいう「肝臓」と似ているが、「肝臓」の機能に加え感情のコントロールも司る臓器を指すらしい)の働きをおさえる薬だという。神経のたかぶりや不安感を鎮める効果があり、不眠症や子どもの夜泣き対策でよく使われるようだ。色は灰色で、思ったよりも苦くはない。

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(抑肝散(ヨクカンサン): ツムラの漢方処方解説 | 漢方について | ツムラ)

 

抗うつ剤に対して抵抗がものすごくあるわけではないが、断薬が難しいという話をよく聞くので、漢方が効けばうれしい。ただ、漢方自体もそんなに服用したことがないので「ほんまに効くんかいな」という猜疑心もちょっとあったりする。まあ、効くと思うのが一番大事なのかもしれないけれど。

 

雑感

これこそ本当にただの愚痴なのだけど、修論のWordファイルを開くにもいちいち動悸がして呼吸を整えなければいけないことや、通学中やキャンパスを移動しているときに吐き気が込み上げてくることを先生に「緊張しすぎている」という一言で片づけられると、なんというか、それはそうなのだろうけども、そんな簡単に言わないでくれ、という気持ちになる。ただ、後期は今のところゼミやバイトをさぼって家で寝込むということがないのも事実で、全体からみれば私の障害は軽症ということになるのだろう。実感としては、休むなら休むで罪悪感に苦しむということを前期に学習したので体面上行っているだけで、辛いことは辛いけれど。

修論の中間発表が徐々にせまっている。はたして、私は無事にそれらしいものをでっちあげることができるのだろうか。

適応障害、すべて自分の妄想なのでは説に苦しむ日記

今日は授業とアルバイト。昨日あまり眠れず、ぼうっとする頭で不機嫌になりながら朝着替えていると電話があって、明日予定していたカウンセリングが二週間後に延期になった。

 

私は6月ごろから、学内のカウンセリングを月に二度ほど利用している(こういう支援が無料で受けられるのは大きな総合大学に進学してよかったことの一つだ)。毎回一時間のセッションで、近況や悩み事をカウンセラーの方に聞いてもらう。授業が不安だ、ゼミが怖いという話をしていると、比較的元気なときでも大抵泣いてしまって、カウンセリングが終わったあとは毎回ぐったりしている。だが、そうやって二週間に一回、心の丈を吐き出せる機会は貴重だ。利用し始めてから5か月ほど経過して、最近はカウンセラーの人に慣れてきたこともあり、普段から症状が強く出た時は「今度カウンセリングの時に話そう」と考えて気持ちの安定を図っていた。

だから、いきなりカウンセリングが延期になってしまったのはかなり打撃だった。もちろん、カウンセラーの方にもご都合があるだろうし、代案も提案してくださったのだが、すべて私のバイトの日程で埋まってしまっていたので、それは仕方がない。

ただ、それで不安になったのだろう。

 

私は本当に病気なのだろうか。

今日、登校するときやバイトに向かうとき、帰宅後疲れ果ててベッドにのびているとき、ずっとこの問いが頭から離れなくてしんどかった。

私は本当に病気なのだろうか。ただ、甘えているだけなのではないだろうか?

 

進んでもいない修士論文の構想を、中間発表のためにそれらしく練らなければならないのだが、最近道を歩きながら(修論、今日も進まなかったな……)と思うと少し呼吸が苦しくなって、意識的に大きく息を吸って吐かなければならない。

研究室に入る前は、必ずドアの前で立ち止まって、動悸を抑えるために一回深呼吸してからでないとドアノブを回せない。

バイトに通勤する電車の中で、不意に涙があふれてくる。そういうときは、なるべく顔を歪めたり嗚咽したりせずに背筋を伸ばして、何でもないような表情をとりつくろいながらハンカチで涙をぬぐう。

なんとか一日の予定を終えて家に帰ってくると、肩と頭がずきずき痛み、ベッドから動けなくなる。

 

こういう症状、確かに苦しいけど、全部ただの思い込みなんじゃないだろうか。もしかしたらこうやってつらつらと症状を書くことすらも、自己憐憫に浸りたいがためだけの自己満足なのかもしれない。こういう「適応障害、すべて自分の妄想なのでは」説を唱える自分が脳内にいて、日に一度は声高に訴えてくる。今日はその声がかなり自分に刺さってしまったみたいだ。

 

本当は大学院もすっぱり辞めてしまうべきなのだと思う。ずっと自分なりに意欲をもって専攻してきた美術史に関係するはずの講義やゼミの内容にもとんと興味がわかず、修論も最低限の課題をクリアするためにいやいややっているようなものだ。研究室の先生や同期、先輩となるべく顔を合わせないようにびくびくしながら大学に行って、私は何をしているのだろう。

それは怖いからだ。身体も気持も休みたいと言っている。精神科でも診断を受けた。指導教官に休学の相談もした。なんならフリーター向けの就活アドバイザーに面談まで行った。でも、結局これは単に勉強をしたくないからではないか、同期についていけない自分を直視したくないだけではないか、すべては私の甘えで、ここでふんばらなければ将来一生後悔したまま生きることになるのではないだろうか。

こうした恐れは、きっといくらカウンセリングを受けても、周りの人に休んでいいんだよ、がんばっているよと言われても、自分で納得しない限りは、弱った自分を受け入れられない限りは消えないんだろうと思う(むしろ優しい言葉すらも「自分の妄想なのでは」説に聞こえてしまって、本当に申し訳なくなる)。それか、今の環境を修了という最善の形で終えるか。

 

こんな状況では、後者は望み薄だ。でも、自分の今の状況はただの甘えだろうという自分自身の声も無視できない。6月くらいから膠着状態が続いている。

どうしたらいいんだろう。もうわからない。

 

普段からとりとめもない記事だが、今日は一段とまとまりがなく、ただ不安を書きなぐった日記になってしまった。調子の悪い時の状態の記録ということで、ひとつ。

「菩薩立像」——東京国立博物館・常設展

こんばんは。今日は日本で一番最初に開館し、膨大なコレクションを抱える東京国立博物館に収蔵されている私の推し仏、「菩薩立像」についてつらつら書きたいと思います。

 

「菩薩立像」

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(https://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl_img&size=L&colid=C20&t=より)

(木造、金泥塗り・彩色・切金、玉眼、高104.5cm、台座高34.8cm、鎌倉時代・13世紀
東京国立博物館蔵、重要文化財)

やや小ぶりなサイズ感と、その端正な顔立ちと豪奢な装飾品、繊細な切金文様がはっきりと残る衣が相まって、とても上品で美しい仏像だ。なによりも、目と唇の部分に水晶を嵌め込み、つやりと光る様が高貴さの中に一種なまめかしさのようなものを与えている。

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(菩薩立像 - e国宝より。唇の輝きがよくわかる)

目に水晶を嵌め込む「玉眼」技法は、平安末期ごろからみられ、鎌倉時代によく用いた技法だが、唇にも水晶を嵌め込む「玉唇」技法はほかにほとんど作例がないという。これらの技法は仏像があたかも生きてそこにいるかのように見せるための技法だ。博物館の照明の下で見た時も、もちろん生きた人間を前にするような生々しさを感じるけれど、暗い寺の中、蝋燭の灯りのもとで見たらもっと迫力が増すのかもしれない。

また、宝冠部分の正面中央の窓のようになっているところから本来みえるはずの標幟(ひょうじ)が失われているために正式な名前がわからず、伝来も不明だが、手元にある山本勉『別冊太陽 仏像』(2013年)によればおそらく弥勒菩薩像で、13世紀に奈良で活躍した慶派の仏師、善円(1197-1258)の作品ではないかということだ。(筆者がこの作品と対だったのではないかと指摘している伝香寺裸形地蔵菩薩像もぜひ見てみたい。)

 

学部2年生の頃、夏休みに二泊三日ほどで東京美術館行脚をしているときにはじめてこの像を目にした時のことは忘れられない。唇のうっすらとした輝きに私は魅入られたのだった。こうした艶めいた、色っぽい表現が、仏像の荘厳さをさらに高めるような印象を与えるのが不思議に思えて仕方がなかった。

 

それからも機会がある度に必ず常設の仏像展示室だけは覗いていたのだが、なかなか展示されていることがなく早数年。今日、「マルセル・デュシャンと日本美術展」と「京都大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ展」を見に来たついでにいつものように仏像の展示室に足を向けると、なんと一番初めの出入り口のところでこの仏像に迎えられたのだった。今日一番の幸せだ(展覧会の感想はまたいずれどこかで書きたい)。

数年前の記憶よりも小柄な印象を受けたが(受けた衝撃の補正効果だろうか)、高貴さは記憶のものと変わらない。この唇の輝きはてらてらとしたものではなく、像を仰ぎ見た瞬間にちらりと一瞬垣間見えるもので、写真で見るのとまったく印象が違うので、ぜひ実際に足を運んでいただけたらうれしい。2019/1/20まで東京国立博物館の本館11室で展示中だそうだ。

www.tnm.jp

適応障害:発症の経緯

一度、自分の状態を振り返っておきたい。私は2018年6月に適応障害と診断され、今日もその症状は続いている。

適応障害とは、ある特定の状況や出来事が耐えがたく感じられ、そのことが情緒面や行動面に症状を引き起こす状態だ。症状はうつ病と似ているが、違う点は、その特定の状況や出来事から距離を取ることができると症状が改善されることである。

(参考:適応障害|病名から知る|こころの病気を知る|メンタルヘルス|厚生労働省)

 

学部とは違う大学院に進学。期待の新生活、しかし……

 今年の3月まで、私はある地方都市の大学で美術史を専攻する大学生だったが、4月に上京し、学部の頃通っていた大学とは別の大学の院に進学した。大きな理由としては、

修士課程でやりたい内容が学部時代の専攻とは少しずれていたが、進学先の院は学際的な専攻だったので、自分の目指すものによりフィットしている気がした。

・高校生から大学生まで美術一色で、専門的な内容ばかりを学んでいたので、総合大学で色々な学問に触れたかった。

・学部の大学の知名度<進学先の大学の知名度なので就職に有利ではないかと思った。

……などが挙げられる。1つ目はともかく、他のものは正直いって浅はかだ (4月の新入生交流会で他専攻の院生に美術史を地方大学で専攻していたと言ったら「学歴ロンダリングですね」と面と向かって揶揄されたのもやむなしという感じである。)

もし、現在学部3,4年生で他大学の院進を迷っている方がいれば、自分の中に3つ目のような思いがあれば考え直した方がいい。実際のところはどうなのかは分からないが、これだけの理由で他大学の院という慣れない環境を生き抜くのはわりにハードだ。

 

ともかく、私は他大学の院に進学し、新生活をスタートした。はじめのうちは色々な授業をとってみたり、学内で開催されるセミナーに顔を出してみたりと精力的に動いていた。他専攻の授業で、文学に関するものが大変面白く、翻訳という分野に興味をもったりもしたし、この時期はなかなかに充実していたと思う。

 

授業に萎縮し、不眠がちになる

 とはいえ、すぐに自分の力不足を知ることになった。大学院生ということで、いくつかのゼミに所属することになる。そしてゼミは、学部生の講義とは違って学生同士のディスカッションが主体だ。

院生向けの授業がゼミ中心になるのは大変当たり前のことだし、多くの大学生は3、4年でゼミを受けていると思う。私も学部3年生ではゼミを掛け持ちして、それなりに頑張っていたつもりだった。しかし、私のいた学部と、進学先の大学院はかなり校風が違った。

今にして思えば、私の学部では、ゼミのかじ取りをするのは主に先生で、学生が自分から発言することはあまりなかった。

しかし、進学先の院では、学生こそがゼミの進行を取り仕切り、積極的に発言するし、ディスカッションの経験も豊かな人がはるかに多かった。また、先生も学生のサポートというよりはあえて挑発的な発言をして、学生がそれに食いついてくるよう指導する傾向があった。

 

要するに進学先の院の方が求められるレベルが高くて先生も厳しく、そして私はそういう環境を望んでここに来たはずなのに、そのレベルに背伸びしてついていくことすら叶わなかった。ゼミの間、口を開けば自分がいかに稚拙な意見しか持っていないか突きつけられたし、少し学生や先生に突っ込まれても「ご指摘ありがとうございます」しか返す言葉はなかった。段々と、発言どころか講義室に行くことすらも辛くなっていった。

 

そして、5月ごろから夜の2,3時まで眠れず、朝登校する気力が段々となくなっていった。また、いつも自分がいかに役立たずでまわりについていけていないか、ということばかりを考えるようになり、食欲も消えていった。

 

6月ごろに学内カウンセリングと精神科を受診し、デパスを処方されるようになったものの、自分を責める気持ちや課題への無気力感は消えなかった。

 

休学を検討したけれど……

 そんなこんなで、6月中旬、私は指導教官に「休学したい」と相談をもちかけた。無気力感は日に日にひどくなっていて、少なくとも学部の間は熱意をもって取り組んでいたはずの美術にも興味が持てなくなっていた。こんな状況では何もできない、と思っていた。とにかく疲れた、休みたいと。

しかし、結局私はこの時休学を撤回し、大学院に通い続けることにした。指導教官に反対された訳ではない。ただ、今休んだら、もう二度と院に戻ることができなくなるような気がしたのだ。前期・後期を通じて1年間開講されるゼミが必修だったのも大きかった。仮に後期から休学しても、来年の4月には再び戻ってきて、来年の新入生にまざってもう一度同じことを繰り返さなければいけない。それまでに状況がよくなっているとも思えなかった。

それに、このまま退学したら「院中退」のハンデを負って就活することになる。学部時代ほとんど就活してこなかった自分にとっては、それはとてつもなく恐ろしいことに思えた。

結局、「辞めるのにも覚悟がいる」ということに怖気づいて、判断を先延ばしにしたと言えるだろう。私は履修登録した授業の半数以上を放棄して、必要最低限の単位だけをとることに専念して前期を終えた。

 

後期から症状に腹痛が追加

そして、とにかく休むことに徹した夏休みを終えて後期に入ると、身体が腹痛を訴えるようになっていた。へそのあたりを刺すような痛みが、ひどい時では30分ごとにやってくる。さすがに何かの異常ではと思って内科に行ったが、エコー検査ではなにも異常が見つからなかった(むしろ「きれいな内臓ですね」とほめられた)。

また、ゼミ前に心臓の動悸がひどくなったり、ゼミ中に突然「なぜ自分はここにいるのだろう、どうせ役に立たない存在なのに」と涙がこみ上げる、ということも増えた。

おそらく、夏休みというインターバルを挟んだ結果、再びはじまる学校生活に身体が拒否反応を示したのだろうと思っている。10月のはじめは、「6月に休学しておけばよかった」という思いがずっと頭の片隅を占拠していた。

また、後期からアルバイトをはじめた。これは業務内容が将来の夢に関わることなので、多少心身に問題があってもやってみたい、と夏休みに面接を受けて10月から働き始めたものだが、始めたての頃は失敗も多く、毎回教育係の方に叱責を受けていたというプレッシャーが、体調に大きな影響を与えていた気がする。

 

今は精神科で処方してもらったドグマチールデパスと共に服用しているので、腹痛の症状はかなりおさまっているが、それでもゼミの前後や日中には鈍い腹痛に苛まれることもある。

現在

上記のようなこともあったので、現在は単位を必要最低限にして、登校するのは週3程度に抑え、カウンセリングと服薬を続けながら大学院生活を続けている。とにかく修了することだけが目標だ。

なんだかんだ行けてはいるので、症状としては軽いのかもしれない。だが、相変わらずゼミではなるべく気配を殺し、修論は遅々として進まないのはかなりしんどい。中間レポートも次々と課されているが何も動けておらず、正直焦っているが、その焦りも空回り、自己嫌悪に陥っている。

 

ただ、修了できるかどうかまったく分からず、中退する勇気もないという状況ではあるものの、今の大学院に進学したことはあまり後悔していない。もし、学部と同じ院に進学していたら、それはそれで「あの時外部の院に行っていれば、自分の力を試せたのでは」と後悔していただろう。

外部の院に進学した結果、現状ズタボロではあるがとりあえずは挑戦したのだし、自分の限界を知ったという点では挫折といえど無意味だった訳ではない、と現時点では考えている。また、専攻内容とは違うものの、今の院でしか学べないことにも触れられた。こうした思いが、何とか今の生活を続けていこうとする私のすがる杖のようなものなのかもしれない。

青海波模様のハンドウォーマー

青海波模様のハンドウォーマー、"Nereid Fingerless Gloves"が完成した。

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元のパターンおよび参考にさせていただいたサイトは以下の通り。

 Sutherland Studios - Craft Patterns

Knitty: editorial win 05

青海波の手袋の編み方とブロッキング - 棒針編み

 

実は人生初の英文パターンだったりする。

とはいえ、今回は編み図もあったし、文字での説明も専門用語さえ分かればなんとかなる上に、参考にさせていただいたサイトでほぼ日本語の解説もしてくださっているので、いくつか用語さえ調べればすらすら読解できた。これを機にRavelry(そういう編み物コミュニティサイトがある)なんかの海外編み図も漁っていきたい。

 

青海波の編み方自体は、表目、裏目、かけ目と左上二目一度だけで青海波がざくざく編めるシンプルなもので、作業中も楽しくてたまらなかった。

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最初のリブ編みと青海波模様の接続をミスったり、親指の付け根に大きな穴を開けたりしたものの、青海波をきれいに編み出せたので個人的には満足だ。同じ模様のワンピースと合わせて身につけたい。

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